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『音楽表現学』目次と要旨一覧

音楽表現学 Vol. 13

【原著論文】

籾山 陽子

ヘンデル《メサイア》の歌詞付けと歌詞の発音—連声の技法をめぐって—

要旨:G. F. ヘンデル(George Frideric Handel, 1685-1759)のオラトリオ《メサイア》(Messiah)(1741)の歌詞付けについては不自然な部分があるとしばしば指摘されてきた。本稿では、歌詞付けが特異とされる箇所のうちイタリア歌曲の連声(elision)の技法が用いられている部分についてその歌詞付けを評価した。まず、作曲当時の自筆譜・指揮譜から現代譜までを参照してそれらの部分の対処の変遷を調べた。次に、英語学の視点から連声に関係する語句の発音の変遷について調べ発音と歌詞付けの関係を考察した。その結果、ヘンデルの歌詞付けは作曲当時の王侯貴族の正統派の発音に従っていること、当時は違和感がなく滑らかな演奏がなされていたが後世市民階級の台頭により発音が変化したためそれらの歌詞付けで歌うことが難しくなったことが明らかになった。また、当時の発音を復元して演奏した結果、作曲時に想定されていた演奏は歌詞付けと発音が相俟って伸びやかなものだったことも明らかになった。

キーワード:ヘンデル、メサイア、発音、連声、歌詞付け

【評論論文】

安田  香

ベルクの歌曲「風はあたたかく」(Op.2終曲)についての試論

—歌曲「僕の両目をふさいでおくれ」第1曲との秘められた関係—

要旨:本研究の目的は、ベルクの特性「音楽と文字文化の渾然一体」の行方を検証することである。この特性は、音楽と文字文化への耽溺によって少年時に醸成されたものであり、独学時代の作曲家が歌曲ばかりを書いたのは当然であった。シェーンベルク門下時代には、師の「堅固な構造を」を第一義とする教程のもと、彼の特性は前面から後退した。それでもベルクは教程外で多くの歌曲を書き、「堅固な構造」に特性を盛る方法を模索した。編み出された技法は、自作品引用とアルファベット埋め込みによって独自の詩解釈をメッセージとして密かに盛り込む、というものであった。ここに特性は潜行することとなった。

本研究では、ベルクの学習時代後半の作品で、師に評価された歌曲「風はあたたかく」を取り上げる。ベルクは、この作品の出版譜を、教程外で書いた「僕の両目をふさいでおくれ」の手稿に重ねる形で手稿集に潜ませている。出版譜を手稿集に収録する、という矛盾した行為を分析した結果、本作品もまた、メッセージを発していることが分かった。込められたのは、ドビュッシーと師と自身についての複雑な想いである。重ねられた「僕の…」からの引用、共通するアルファベット埋め込みと詩解釈の合体は、極めて手が込んでいる。‘手稿集への収録’は、メッセージに誰かが気づくためのサインであった。師のお墨付きを得た「風はあたたかく」は、特性のさらなる潜行と顕現願望を同時に示す作品なのである。

キーワード:ベルク、シェーンベルク、ドビュッシー、「風はあたたかく」、メッセージ

【研究報告】

松岡 貴史

和声創作課題導入の提言

—教員養成系大学における音楽理論・作曲の授業の一環として—

 

要旨:和声学は、音楽の理解力や作曲の基礎力のために重要なもので、教員養成系大学においても音楽理論・作曲分野に位置づけられている。しかし多くの学生にとって理論が難しく課題をこなすのが大変であるようだ。その理由として、和声を聴く耳が育っていないことや、学生自身の自由で自発的な創造性や表現は課題の実習に反映されにくく、学習意欲がわかないということが考えられる。その解決のために和声創作課題の実施を着想し導入しているが、作出した作品にアナリーゼを加えることにより、音楽の仕組みを知覚し思考する力をつけることや、自他の作品の真価を認め、自尊と他者作品への敬意や共感を持ち、広く文化に開かれた態度を醸成することも和声創作課題のさらなるねらいとしている。ここに、実例をもってその実施方法を提示し、和声創作課題、キーボードハーモニー、通常のバス課題・ソプラノ課題による三つの柱による和声授業を提案するものである。

キーワード:和声創作課題、和声授業三つの柱、創造、感覚と理論、共感

大北 沙織

「ロイクラトン」の唄の鑑賞と学習活動に関する一考察

—歌唱とラムウォンの踊りによる授業実践をもとに—

要旨:「世界の音楽」を題材とする授業のほとんどが鑑賞のみに偏よっていることが先行研究によって明らかにされている。しかし、「世界の音楽」について音楽的特徴及び背景を理解するためには、その音楽に関係する踊りや伝統行事も含めて複合的な学習活動を行うことが効果的であると考える。

本稿は、タイの音楽の教材化と指導についての実践報告であり、筆者の3年間にわたるバンコク日本人学校と帰国後の教育経験に基づいている。理論的な根拠を島崎篤子・加藤富美子らの授業構成論と学習活動法に求め、タイの「ロイクラトンの唄」と踊りによる教材化と実践を行った。この学習によって児童は教材曲に対する興味・関心を高め、タイ音楽の特徴及び背景に迫ることができた点が成果として挙げられる。

キーワード:タイ音楽、ロイクラトンの唄、ラムウォン、唄と踊り、教材化

【第13回(美ら島)大会報告】

HP「大会のご案内」「過去の大会」をご覧下さい。

日本音楽表現学会 「会則」等諸規定