『音楽表現学』目次と要旨一覧

『音楽表現学』Vol.19

本学会機関誌 「音楽表現学」 Vol.19 には、「原著論文」「評論論文」として採択された研究はなく、「研究報告」4本が掲載されました。これまで「研究報告」は研究途上であるために学会 HP に掲載してきませんでしたが、研究データとして価値あるものとして、2022 年度から J-Stage で公開されることになりました。こうした背景を受け、 今回、ここに『音楽表現学』Vol.19 に掲載された「研究報告」をアップします

【研究報告】

飯村 諭吉

昭和初期におけるヨハネス・ブラームスの交響曲の紹介方法

—新交響楽団の機関紙における曲目解説に着目して—

【要旨】 本稿の目的は、昭和初期におけるヨハネス・ブラームスの交響曲の紹介方法について、新交響楽団の機関紙における曲目解説に着目して明らかにすることである。ここでは、新交響楽団の機関紙『曲目と解説』、『フィルハーモニー・パンフレット』、『音楽雑誌フィルハーモニー』、『日本交響楽団誌』を主史料として使用した。これらの調査から、ブラームスの交響曲の曲目解説は、牛山充、堀内敬三、服部龍太郎、門馬直衛、属啓成らの音楽評論家が執筆を担当していることが確認された。また、《交響曲第 2 番》から《交響曲第 4 番》までの曲目解説においては、それぞれの主題に対応する管弦楽器の旋律的な動きとそれを担当する伴奏楽器の特徴的な動きが紹介されていた。新交響楽団の機関紙における曲目解説は、定期公演の聴衆に各楽章の演奏順序を提示するだけではなく、楽曲分析に基づく管弦楽の演奏上の基礎的な知識を提供していることが注目される。

キーワード: キーワード:ヨハネス・ブラームス、交響曲、新交響楽団、曲目解説、定期公演

【研究報告】

石原 慎司

ドイツから戦前の日本にもたらされたオーケストラの音楽表現

—ルドルフ・フェッチの指揮法講義(昭和 15 年度)から—

【要旨】 戦前の日本のオーケストラが外国人指揮者を通して受容した演奏様式などの音楽表現上の要素について、具体的にそれがどようなものだったのかはこれまで未解明であった。この点は日本のオーケストラの歴史形成を知る上で重要な情報であるが、それを言語化したものや録音物が非常に限られていたために解明が進んでいなかったのである。そのような中、ドイツから来た指揮者による昭和 15 年度のオーケストラ指揮法講義の記録ノートが発見され、日本人が教わった、つまり、受容したといえる音楽表現内容の一事例が判明した。  講義は管弦楽曲を教材とした専門的な指揮法を含み、音楽表現上の高度な内容を包含していた。また、山田耕筰も立ち会っていたことから、受講者は戦後の日本を担う日本人指揮者が含まれていた可能性が極めて高い。そこで、この講義で説明された運動・動作から指揮者が意図した音楽表現上の要素を読み解き、19 世紀以前の演奏習慣や指揮技法の地域的な出自に関わる情報と照合した。その結果、講義内容は当時のドイツに見られた指揮技法や音楽表現上の要素と共通すると思われる部分がみられた。したがって、戦前の日本のオーケストラにも、当時のドイツのオーケストラで鳴り響いていた音楽表現が確実に伝播しており、演奏されてもいたと考えられる。

キーワード:ルドルフ・フェッチ オーケストラ指揮法 演奏様式 山田耕筰 朝比奈隆 エネルギー消費完了地点発音法

【研究報告】

松浦 光男・横田 揺子

日本の管楽器導入指導における新システム構築への一考察

—C. シャーデ/ H. ラップ著『PICCOLINI & BRASSINI』の研究を通して—

【要旨】 日本ではこれまで管楽器を開始する年齢について、ある程度身体の成長が必要であると考えられており、低年齢層を対象とした管楽器教育はほとんど行われていなかった。一方ヨーロッパ諸国、とりわけドイツでは 20 年近く前から、6 歳前後の子供を対象とした管楽器早期教育システムが研究開発されている。本研究は、管楽器演奏という事象を解剖学・教育心理学・音楽生理学・音楽心理学など、多方面にわたる専門家の見地から分析し、訓練法を提案しているこのシステムから、日本の管楽器導入指導に活用できる新しいメソードの確立を目指すものである。 本稿では、このドイツのシステムの教本および付随教材の研究からその全貌を明らかにする。また、横隔膜顔と口周りの筋肉の積極的な動作が要求される西洋言語の子音やウムラウトの発音に着目し、それらに重点をおいて行った独自の訓練法を提案、教育現場での指導実践の報告を行う。これらの内容は新しいアプローチとして、成人の演奏者にも管楽器演奏上の問題解決の糸口となりうるものである。

キーワード:管楽器導入指導、ドイツ管楽器早期教育、木管楽器、金管楽器、言語

【研究報告】

河本 洋一

日本における「ヒューマンビートボックス」の概念形成(2)

—YouTube の普及による変化と今後の展望—

【要旨】 日本人ビートボクサー(ヒューマンビートボックスの演奏家)AFRA(藤岡章)がアメリカから帰国し、日本では 2004 年に国内初のヒューマンビートボックスの演奏家が誕生した。時を同じくして各家庭へのパーソナルコンピュータやインターネット網が普及し、YouTube に代表される動画投稿サイトの出現や、ひとり 1 台がスマートフォンを持つなどの IT 環境が急速に発展した。ヒューマンビートボックスはこの変化を受け手新たな動向が見られる。本稿ではこの変化が及ぼしたヒューマンビートボックスの概念形成への影響を把握するために、AFRA に続く日本を代表するビートボクサーやボイパの奏者(指導者)4 名へ聞き取り調査を実施した。 その結果、ストリート文化という現実空間に存在していたヒューマンビートボックスは、YouTube の出現によってインターネットという仮想空間の中のみで技術が習得され演奏を楽しみ、それが視聴されるという側面ももつ音楽表現に変化していることがわかった。そして、このような変化は、これまでの音楽表現の指導者観をも変えていく可能性があり、その変化に応える新時代の指導者の出現が予見されることなどが見いだされた。

キーワード:ヒューマンビートボックス、インターネット、YouTube