『音楽表現学』目次と要旨一覧

『音楽表現学』Vol.20

『音楽表現学』Vol.20 は 2022 年 11 月 30 日に発行され、原著論文 3 本、評論論文 1 本、研 究報告 3 本が掲載されています。ここに、執筆者名と日本語と英文のタイトル、要旨およびキーワードをアップします。

【原著論文】

石原 慎司

戦前日本の指揮図形にみる国際的先進性―日本と西洋の世界初出図形の比較から―

The achievement of prewar Japanese musical conducting as seen in baton stroke patterns: Comparison of the earliest stroke patterns in Japan and the West by, ISHIHARA, Shinji

【要旨】 19 世紀後半の西洋の指揮法は今日に向けて大きく発達する余地が残されていた。その当時の日本では洋楽受容に取り組み、唱歌教育を普及・振興する必要に強く迫られていた。その結果、明治時代末までに「指揮法」は唱歌教授法として師範学校必修の学習内容となり、多くの指揮図形の開発がなされた。しかし、日本で開発された指揮図形が西洋の指揮法の発達状況に追いつき、先進性を持っていたのか、その状態については未だ明らかにされていない。そこで本研究では、戦前の指揮図形を発行順に整理し、時代を追って西洋における指揮図形と比較した。

 西洋における指揮図形の資料を確認した結果、19 世紀中頃から世紀末までに指揮図形が直接運動から間接運動を表す図へと発達の道筋が見られた。しかし、すぐさま全拍間接運動化した図形が普及したわけではない。この間に日本において全拍間接運動による新たな型の 4 拍子および 6 拍子図形が開発されている。それらの図形は完成度が高く、今日でも広く用いられている。また、いくつかの図形が和洋間で往還しながら変容され、発達していく様子も明らかになった。発達過程内に現れた変容図形はそれぞれ発行時点では時代を先取りする先進性を持っていたと考えられる。

 以上の結果、戦前の日本の指揮図形は、西洋の図形を受容していただけではなく、時代の最先端で先進的な図形がいくつも開発され、指揮図形発達の歴史的系譜を形成してきたと言える。

キーワード: 指揮法、拍節法、洋楽受容、唱歌教授法、師範学校

【原著論文】

藤井 康之

戦後初期における小出浩平の音楽美による人格陶冶論―戦前期との連続性に着目して―

KOIDE, Kōhei's early postwar advocacy of child personality development through the beauty of music: Its continuity from the prewar years by FUJII, Yasuyuki

【要旨】 本論は戦後初期における小出浩平の音楽美による人格陶冶論を、戦前期との連続性と「自律的な音楽」に着目して明らかにすることを主題としている。戦後初期の小出の音楽教育論は戦前期との連続性が顕著に見られた。その基因には「自律的な音楽」の存在があった。それほど「自律的な音楽」の影響は多大であり、戦前戦後期において一貫して小出の音楽教育論の理念と実践の基底をなしていた。小出が「自律的な音楽」に固執したのは、明治期以来続く功利的で政治的な手段として小学校音楽が位置づけられたことへの不満と憤りであり、小学校音楽の存在意義を転換するために、子どもを音楽美の世界と融合させることを目的とした音楽教育論を主張した。その目的を達成するために、小出は音楽を構成するリズム、メロディー、ハーモニーの三要素、音楽形式や構造を確実に理解・感得できるための音楽知識・技能の習得を重視する基礎指導を徹底した。

キーワード:小出浩平、戦後初期、音楽美による人格陶冶、戦前期との連続性、自律的な音楽

【原著論文】

北村 はるか・水戸 博道

音楽訓練が高齢期のテンポ同期とテンポ維持のスキルに及ぼす影響 *

The effects of musical training in later life on tempo synchronization and continuation skills by, KITAMURA, Haruka, MITO, Hiromichi

【要旨】 本研究の目的は、音楽訓練が高齢期のテンポ同期とテンポ維持のスキルに及ぼす影響を明らかにすることである。これまでの研究ではテンポ同期とテンポ維持のスキルには音楽訓練と年齢が影響を及ぼすことは調査されていたが、高齢期における音楽訓練の影響は調査されてこなかった。本研究では、音楽訓練が高齢期のテンポ同期とテンポ維持のスキルに与える影響を調べるために、音楽熟達群 10 名と非熟達群 10 名に、250㎳ -2200㎳の 10 種類の異なるテンポの刺激音を用いて、Synchronization-Continuation Task を実施した。その結果、特に遅いテンポで、音楽熟達群と非熟達群の差が顕著にみられ、音楽熟達群の方が非熟達群よりもテンポ同期とテンポ維持が正確であることが分かった。遅いテンポにおいて両群に顕著な差がみられた要因として、タッピングの細分化といった方略や自発的な動作テンポとの関連が考えられる。以上のことから、音楽訓練は、高齢期においてもテンポ同期とテンポ維持のスキルに影響を及ぼすことが示された。

キーワード::高齢期、テンポ同期、テンポ維持、音楽訓練、年齢

【評論論文】

宮川 渉

武満徹《地平線のドーリア》とリディアン・クロマティック・コンセプト

The Dorian Horizon by Tōru Takemitsu and the Lydian Chromatic Concept by MIYAKAWA, Wataru

【要旨】 武満徹は、ジョージ・ラッセルが考案したリディアン・クロマティック・コンセプト(以下 LCC)という音楽理論から多大な影響を受けたと述べている。しかし、武満が実際 LCC からいかなる影響を受けたかに関しては未だに不明な点が多く、それを明らかにすることが本稿の目的である。そのため、ここではまず LCC とはいかなる音楽理論かを確認し、次に武満が LCCを応用した作品として知られている《地平線のドーリア》を取り上げる。この点を扱ったピーター・バートの研究が既に存在するため、本稿では、彼の研究内容やその問題点を検証した上で、この研究とは異なった視点から《地平線のドーリア》への LCC の影響について検討した。具体的には、水平的な側面においては「中心旋律」に着目し、垂直的な側面においては雅楽の影響についても分析した。その結果、《地平線のドーリア》には、旋法、「調性引力」、「パントナリティ」など、LCC で重視されている要素が存在しているという結論に至ると同時に、この作品の音組織には武満が《ランドスケープ》で追求していた笙の響きから影響を受けた和声と強い共通性があることも明らかになった。

キーワード:武満徹、ピーター・バート、地平線のドーリア、リディアン・クロマティック・コンセプト、雅楽

【研究報告】

澤田 まゆみ

ショパンのピアノ作品における短調主和音と六度和音―用法、曲構造へのかかわりの観点から―

TTonic-minor and submediant-major chords in Chopin’s piano works: Their usage and function in the compositional structure by SAWADA, Mayumi

【要旨】 フレデリク・ショパン(1810–1849)の作曲によるバラードには、六度和音が曲の構造上経過的に用いられていることがサムスンらの先行研究によって指摘されている。本稿ではショパン作品において特徴的であるとみられる短調の六度和音について、このバラードも含めそれ以外のピアノ作品においてもその使用法や役割を分析・考察した。短調の主和音と六度和音は構成音のうち2音が共通し、異なるのは主和音の第5音と六度和音の根音であり、その関係は短2度(半音)である。ショパン以前から短調の六度音や六度和音は、主和音との関係において非和声音あるいは装飾として重要な役割を担っていたが、ショパンは短調の六度和音を、主和音との交代や導音転換的あるいは融合的に使用した他、曲の冒頭や終止での使用、また転調や展開の手段としても使用し、その用法は曲構造へもかかわる。また短調主和音と六度和音の表現上の特徴として、六度和音が主和音に対して強弱法上、必ずしも「より強くはない」ことも認められた。

キーワード:六度和音 短調 ショパン バラード 表現の特徴

【研究報告】

赤塚 太郎

小林道夫が伴奏ピアニストとして果たした日本の洋楽壇への功績―留学前(1965 年)までのドイツ・リートの伴奏を中心とした活動実態―

Piano accompanist Michio Kobayashi’s contributions to Western music in Japan: His mainactivities as a German lieder accompanist prior to his study abroad in 1965 by AKATSUKA, Tarō

【要旨】 1933 年生まれの小林道夫は、バロック音楽、特に J.S. バッハ作品に造詣が深く、ピアニスト、チェンバロ奏者、指揮者として現在も活躍している演奏家である。一方、小林は、日本の伴奏ピアニストの草分けとしても知られている。本論では、小林の伴奏分野における我が国の洋楽壇への貢献を歴史的に説明した研究文献がないことら、小林が大学在学中から 1965 年に留学するまでの活動実態に焦点を当て、その功績を明らかにする。資料やインタビューからは以下の3点が明らかになった。

1)小林は、大学在学中より多くの歌手と共演を重ねた。中でも中山悌一との協演が小林の演奏 水準を向上させ、演奏様式そのものを発展させる機会となった。

2)小林は日本フーゴー・ヴォルフ協会の役員を務め、例会(演奏会)で連続的に伴奏し、日本 でのヴォルフの普及とドイツ・リート全体の深い理解と浸透を掲げた協会の運営に積極的に 携わった。

3)伴奏への関心・認識がまだ低かった時代に、演奏活動を続けながら折に触れ音楽観・伴奏観 を述べ、ドイツ・リートの伴奏に関する先進的考えを示唆し、我が国の洋楽壇を既に留学前 から牽引した。

キーワード:小林道夫、伴奏、ドイツ・リート、中山悌一、日本フーゴー・ヴォルフ協会

【研究報告】

岡田 正樹

メディア・ハブとしての楽器店

The music store as media hub by OKADA, Masaki

【要旨】 楽器および演奏に関する研究は数多く蓄積されてきたが、その中間に存在するとも言える楽器小売店は主題的に考察されることが稀であった。本稿は楽器店が議論の俎上にのぼらず等閑視されているという問題意識にもとづいて、東京・神田の楽器店 3 店を対象として事例研究を行い、音楽表現実践にとって楽器店が持つ意味を考察する。ポピュラー音楽産業論における「媒介モデル」や、メディア理論における「モノのメディア論」を理論的な土台としつつ、楽器店の中で行われている具体的な実践を、インタビュー調査を中心として詳らかにする。楽器の販売や調整・リペアをめぐるやり取り、あるいは試奏の実践、そして近年のインターネットの介入など、 楽器店をめぐる人やモノの関わりに注目する。検討の結果、楽器店を音楽表現を規定し方向づけるメディアが集積する「メディア・ハブ」として位置づけた。

キーワード:楽器店、文化的媒介者、モノとメディア、メディア・ハブ